第2回『経済学のすすめ』の学習 ファウスト
第2回『経済学のすすめ』の学習 今回から目次を始める予定でした。10日ほど日が過ぎてしまったので、目次はまたの機会に譲りないように、踏み込んでいきたいところです。 3ページの1経済学を学ぶ前にから始めます。 1経済学を学ぶ前に 経済学は新しい学問である 中世学問体系の中に経済学はなかった ゲーテの「ファウスト」は、学ぶなり功なったファウスト博士が、なお1で不安でたまらないという場面から書かれております。悲想劇第1部「夜」というところです。今森鴎外の訳で申しますと、 「ファウストはてさて己は哲学も 法学もいなくも あらずもがなの芯神学も 熱心に勉強して底の底まで研究した。」 マウスとは、この四つの学問を徹底的に勉強したけれども、しかし 「その代わり巳には一切の歓喜がなくなった」 そして 「一体この世界の奥の奥まで統べているものは何か。それが知りたい。」 のだ、こういうことを言っています。 ここで注意していただきたいのは、ファウストが「哲学も、法学も、 医学も、神学も」と四つ並べたのは、たまたまファウストがこの四つを学んだということではないのです。実はここで、中世の学問、その全てを収めたということをゲーテは言おうとしているのです。というのはヨーロッパ中世の学問体系は、中世学問四分割法とも言えるように、この哲学と法学と医学と神学の四つを持ってその基本が構成されていたのです。だからファウスト物語は中世学問の全てを学んだファウストが、なお不安でしょうがない。しかも一体この世界の国でこれを統べて いるものは何か、それが知りたいのだということの中に、実は中世学問の危機を象徴させている―ここに一つの重要な点が隠されているのです。 よく知られているようにファウスト物語は、ファウストが自身の良心と引き換えに青春を得て欲望大き巷に自ら出て行くわけですけれども、実はこの物語は、中世から近代社会が生まれてくるとき、ヨーロッパの各地に、各種各様に生まれた、同じような民承伝達のもとに、書かれたものなのです。そしてもちろんその何の民承伝達も、このように中世の学問の体現者、そしてそこに象徴される中世社会の行き詰まりを一方において他方に欲望を聞いち巷ー中性的な目からは堕落としか栄映じない、しかし青春の喜びに満ちた自由な巷を、くるべき近代の社会史として待機させていくのです。...